今週のomi家

2004年11月27日

我が家の近くに大型の電気店ができ先週の土曜日はその開店セールの日だった。その一昨日新聞にちらしがはいってきた。電気製品で一番必要なのは我が家では半分こわれかかっている洗濯機、20年も使ってあげてるオーブンレンジなどだが、これらを買い直す計画をしている最中に、先日のデジカメのように他の電気製品の出費がある。
要はomiは家庭用品にはあまり興味がない。
家族のものにとっては不幸なことかもしれないけど、新しいパソコンやカメラ、MDやDVDを見ているほうがずっとずっと好きなんだ。
開店セール!!
そりゃ目玉商品の目白押しよ。ほしい2台目のパソコンは無理としても、MDウオークマンなどは安ければほしい。
息子が言った。
「オレもMDウオークマンほしい。今のは壊れかかっているんだ」
だから私のCDウオークマンをいつも学校に持っていってしまうのか。やっとなぜいつもCDウオークマンを半強制的にとられてしまうかわかった!そうか。じゃあこれをクリスマスプレゼントにするか!

開店セールだからきっとみんな並ぶよね。でもこないだのビッグカメラの二の舞だけはいやだな。それでもやはりここは慎重に息子が学校にでかけた7時半をまわったころを目安に家をでた。できればこの1980円のCDプレーヤーもほしいな。ちょっと気が大きくなり他の商品にも目がいく。

この電気店は歩いて15分ほどのところにできた。歩いていると何か前方がにぎわっている。ひょっとするとあれは
開店セールの人並みか。ひょっとしてみんな出足がはやいんじゃない。大通りに来てぱっと私の目の中に飛び込んだのは電気店のまわりを何十にも取り囲む人並みだった。
「えっ!!」
それでもめげずにその人垣のほうに向かう。なんと人は外の列だけではなかった。
大きな駐車場にいっぱいの人。100人とかそんな単位じゃない、あれは。それを見て私は帰ってきた。1980円のCDプレーヤーを買う人は何時から並んだのだろう?

しかしですよ。この前のビッグカメラの時は2人だったんだよ。なぜこんなに違うのよ。
どうしても私の頭の中では人の行動のパターンが読み取れない。
なぜみんなビッグカメラにはゆっくり行っていいし、この電気屋には根性を入れて行かなければならないということがわかるんだ。
そりゃそれがひとりふたりというのなら私もあまり考えないが、このような単位の人数にそれがわかって、私にはわからないと思うと自分のことが大丈夫かなと思ってしまうんだ。

とにかく息子にはまだクリスマスプレゼントはない。また試験の点数によりというのをちらつかせるか。


週末オットが帰ってきた。息子と何か話しをしている。
「何の話をしているの?」
と聞くと、今度の期末の成績があがったら、お小遣いをもらうという約束をさせられたらしい。 
オットは何もしらないんだが、前回の息子の成績はそんなによくなかったんだ。(前回だけではないけど)それ以上の成績というのは元に戻るということでしょ。だから元に戻ったらお小遣いをもらうというすばらしいお約束を息子はとりつけたのだ。他にも息子は私との契約も交わしている。
「今度は勉強するぞ」
という息子の言葉が本当だったらうれしいような恐ろしいような。。。


日曜日、また
パソコンの調子がおかしくなった。キーボードを押すだけでテレビ画面になってしまう。1字も打つことができない。またカスタマーセンターだ。もうお得意様ですね。今回はおにいさんだ。

「またパソコンがおかしくなったんですけど」
はじめてのお兄さんにまたと言ってしまうずうずうしさがすばらしい。
「キーボードを押すだけでテレビになっちゃうんです。」

おにいさんはしばし沈黙した。
「少々お待ちください」
そんなにめずらしい故障なのか?
おにいさんが電話口にでる。どうやら対処の方法がわかったようだ。
「では一度落としてください」
落とすというのはスイッチを切るということですか?上のボタンを押せばいいんですか?」
何度聞いても専門用語を覚えないから上のボタンを押すなんて今でもいう。
でもお兄さんはやさしく、
「はい、お願いします」
と言った。おばさん対処法ではおにいさんは
どこまでもやさしくっと書いてあるのだろうか。
「ではスイッチをあらためていれてもらいます」
私はすぐにスイッチをいれた。
「スイッチをいれながら・・」
とおにいさんが言うのをさえぎって、
「もうスイッチいれてしまってますけど」
という。おにいさんはあわてて
「ではF4(あれF2って言ったかな?−忘れた)のスイッチをずっと押してください」
スイッチを入れるのは、はやかったがF4のボタンを押すのはちょっと時間がかかったな。しかし画面が黒くなった。お兄さんはここから説明を続ける。私もこれで何回目かのカスタマーセンターのお助けなので、ちょっと要領がわかり、指示通りに動ける。で、最後にお兄さんは言った。
「これで大丈夫だと思います」
「ワードをたちあげてください」
「あの〜〜。。ワードをたちあげる時、いつもすべてのプログラムからいっているんですけど、もっと簡単な方法はないんですか?」
おにいさんは一瞬、どっちの説明からしていけばいいかと迷ったはずだ。

「ではですねえ。まず一度ワードをたちあげて、確認をしていただきます」
と言った。確認をしたところ、うまくいっているみたいだ。それから
「では次にワードのところにスタートからもう一度いってください。そこで右クリックでショートカットの作成を押します。」
「ああ、なるほど、こうやればできるんですね。」
しかし、いくら頭で理解しても実際にはそういかないのがomiだ・
「あれ、項目のしたにワード2というのができちゃってる」
「えっそうですか?デスクトップにはありませんか?」
「ありません
「ではですねえ、そのワード2というのをドラッグしてデスクトップにもっていってください」
「ああできました」
ここでおにいさんはほっとした。(おそらく)しかしですねえ。パソコンがこんなに故障があるかと思うとちょっと憂鬱ですね。いくらカスタマーセンターのおにいさんがいい感じでも、パソコンが丈夫なほうがはるかにありがたいですからね。


土曜日にグレン・ミラー・オーケストラのコンサートに行きました。これはまた別記しました。


私がブログを使っていることは何回か話した。
ブログをやってみてわかったことはブログは
検索にひっかかりやすい。
ひっかかってもいいものもあるんだけど、そっとしてってタイトルもあるでしょ。
当初はこのomi家はすべてブログにもっていって保存しようと思っていたのだけど、やはり、このままにすることにした。で、ブログには書けないこともここには書いていくことにした。
ブログの内容とomi家の内容がこのごろちょっと違っているのはこういう理由からだ。

今までもオハイオのポールのことは何回も書いてきた。彼は友達のお父様で本当にいつもよくしてくださる。ものすごく感謝している。ブログにもオハイオの話題やアメリカの話題が載っているけど、ほとんどはポールの情報からによるものだ。
しかし、彼は日本の事情をあまりよくわかってない。というか、アメリカ人、いや日本国以外の方々が理解できないものが日本には潜んでいるのだと思う。もちろん我が家にもだ。
ポールは昨日、メールで言ってきた。
「いつもメールしているけど、ご主人は大丈夫?」
これになんと答えればいいでしょう?!!
この先、英語で書いて流されちゃうと問題になっちゃうかもしれないけど、
「ご主人は大丈夫?」
って質問自体、omiには無縁のものなんだ。
オットは大丈夫ではない。
常にだ。先日も帰宅したら、家の中にカードを落としていった。それを私に連絡すると怒られるので、息子の携帯に電話してきて、息子にカードを探させていた。だから本当に大丈夫じゃない。でも、私がメールをやっているからとか、私がパソコンを一日いじっているとか、私が新宿御苑にいっているからと、そんな理由でオットが何かをしたり、思ったりすることは絶対にない。
なぜならばオットはそれらのことを知らないからだ。
でもこれってアメリカ人には理解できないだろうなと思う。そんなことが続いたらアメリカでは離婚でしょ。で、ポールにはやんわりいった。
「私の家族はみんなあなたのことを知っているから心配しないでください」
ここで合っている文章は「心配しないでください」というところだけなんだ。これじゃomiはまるでうそつきなんだけど、そうでも言わないとこの状況をうまく説明できない。ただ息子たちはポールのことを知っており、英語でメールを書いていると、ポールに書いてるの?なんて言ってくれるから、文章の前の方の「私の家族はみんあなたのことを知っている」というところも100パーセント間違えではない。ただ「みんな」というところは絶対に違っている!!
ごめんね、ポール。日本の事情をうまく説明できないんです。

これって今きているヨン様にも共通しているところがある。テレビの司会者が
「こんなにヨン様に駆けつけて、ご主人はよく許してますよね」
違う、違う。ご主人の多くは奥さんの行動をそこまで把握してないし、またご主人の多くは奥さんに「行くのをやめろ」っていうほど興味を持ってない。司会者の家ではこういうことは考えられないのかもしれないけど、世間ではそうなんだな。でこの司会者はまた言った。
「今、日本の女性をこれだけ寛大に見守っている日本男性の株があがっているらしいですね」
これはとんでもない誤解!!
司会者が間違っているのか、海外の方がこう勘違いしているのかわからないけど、日本男性の多くは(全員ではないでしょう。−おそらく)家で奥さんにがみがみ言われるより、ヨンさまに目がいってくれることを望んでいるのだと思う。特に海外の方に言いたい。本当にそう思って日本の男性を見ると後で後悔するかも。。
とにかくだ。特殊な日本社会の中でもomi家はそれが際立っている。だからポール心配しないでくださいね。


先日、香港の友達のSからメールがはいった。Sからのメールはほぼ一年ぶりだ。実は彼女は2番目の息子さんを去年亡くされた。まだ21歳の若さだった。自慢の3人の息子だったので彼女がどのように悲しかったか容易に想像がつく。ほぼ一年ぶりにだが、彼女からメールがはいってほっとした。悲しみがなくなるわけではないのだが、一年彼女は耐えたということだ。彼女は息子のAlanの本を作った。そしてそれがおととい届いた。幸せだった家族の写真やAlanのイギリスやカナダでの学校の写真も載せられている。彼女の家族の中でただひとり会ったことがなかったAlan.冥福を祈ります。






今週のomi家

2004年11月20日

次男は高校生なので、時々、塾の勧誘の電話がある。この電話ってものすごくめんどくさい。友達は
「高校生のお子さんいらっしゃいますか?」
と聞かれると
「いいえ」
と言うそうだ。これもひとつの手なんだが、今日は昼ねをしていた時に襲撃された。
突然の電話ですぐにきることができなかったんだ。
すると先方のおばさんは話まくった。
私が何も言わないのに4分間、ひとりでしゃべっていた。
「麻布、開成のお子さんもいらっしゃいます。東大や東工大学に
行ってもらってます
(言葉遣いおかしいだろ)
その他、都立ですと日比谷、小山台の生徒さんも来ています。」
でも話の主題が3分30秒ほどたってもみえない。
そして4分を目前にしたところでとうとう私が声をだした。
「で、塾の勧誘なんですか?」
「いえ、面接を受けていただければと思いまして。」
なんで、ここで逆接になるんだ。


面接を受けて塾に来てほしいんだろうが。
「うちは希望しませんので」
おばさんはここで引き下がらなかった。
「お子さんは大学進学希望ですよね」
私も負けずに言ってしまった。
「いいえ」
考えてみれば息子が大学進学を希望しているかどうかなんて話したことはないじゃない。

そんな重要なことをこのおばさんに私の一存で言えるわけないじゃない。
ここで4分13秒だった。

息子にこれを言ったら、
「そんなの序の口だよ。オレなんかこの前15分も話した。」
そんなに話している暇に単語が覚えられるじゃないか!!
でもこの結末を母は聞きたかった。
「で、どうやって終わったの?」
「親がいないからわかりませんっていえばいいんだよ。」
なるほど。じゃあ今度から私も息子がいないからわかりませんって答えればいいんだな。

追記 

ここまでを友達に送ったら、友達の知り合いの方は塾からの勧誘の電話があると、
「息子は先日亡くなりました」
と言ってかわすと言ってました。
これもすごいよね。



新しいブログをはじめた。これは当初omi家の日記を全部持っていこうとしていたんだけど、あまりのアクセスの多さに私がたじろぎ、omi家一部抜粋ということにした。実はこのブログをはじめてまだ3日だが、アクセスカウンターをつけていろいろ分析したらおもしろい結果がでた。

まず日曜日のアクセス数は異常に多かったが
私の記事を読んでいる人はほとんどいない。この数の多さは私の投稿数に関係あるようだ。つまり新しい記事が投稿されたというだけでアクセスしている人がものすごく多い。日曜日は書き直しということで10以上の記事を投稿した。だからその分アクセス数が増えたのだ。それが証拠には私が記事の投稿を終わった夜6時以降はアクセス数が極端に少なくなっている。(というかこれが本来の姿かも)

このブログには追跡という装置があってそれでもこれが確かめられる。追跡によると、私のブログにはいってきた人の多くはこの「新しい投稿」画面からはいってきている。そしてたぶん足跡を残してそのまま去っていった。
この根拠としてはリンク先に私のホームページを載せておいたのだが、ホームページのカウンターバーはさほど上がらなかった。(普段の日よりもちょっとあがったのは日曜日のせいもあると思います。)それを考えるとブログからホームページにきた人はほとんどいない。まして英語のページまでいった人は0だと考えられる。英語のページは訪問客がものすごく少なかったので。

このような分析から思ったのは本当の友達というのはものすごくありがたいなということだ。
ホームページに寄ってくれて、意見を言ってくれたり感想を言ってくれるのはやっぱ今までの友達なんだ。それを再認識できたのは新しいブログのおかげです。
たぶんここまで読んでくださっている方は極々親しい人です。ありがとうございます。



火曜日、ご近所のMOが遊びにきた。彼女の家にはよく遊びに行くのだが、彼女がうちに来たのは5年ぶりぐらいのことだ。いつもいつも彼女の家に遊びにいってお茶をご馳走になるばかりだった。ランチに行こうというときも彼女が車をだす。こう考えるとずいぶん人に甘えて生きているなあと思います。まるで我が息子のようだ。MOまた遊びにきてね。



水曜日。新宿御苑に行った。これは別記しました。



息子が新宿御苑に行ったことを知ると、
「それって完全におかあさんの好きなことをやっているってことだよね」
と念を押された。さらに
「オレが一日中、ビデオみたりゲームやったりしているのと同じだよね」
とも言われた。返す言葉がないのが口惜しいが、
「まったくそのとうりです」
とはいえなかった。
そして晩御飯まで学校の帰りに食べてきた息子は今日もゲームをし続けている。
今度からはどこかに行ってもだまっていようと決心した。



長男が帰ってきた。東京に用事があったという。まるでこれじゃ主人が2人のようだ。できあがったスーツを着させ、買っておいたコートを合わせる。
まるで七五三だね。
息子はやることだけやって、しゃべりたいだけしゃべったら、パソコンで電車の時間を確かめてかえって行った。

息子と話していて信じられなかったのは夜にしか帰れないということが
計算できずに朝ふとんを干してきたらしいということだ。なぜ一人で暮らしているのに、そういうことがまだ考えられないのかな!?ここに来て新聞で夜の天気予報をあわてて見ていたけど、またどこか足りないものを感じてしまったあとちょっとうれしかったのは、長男の住んでいる所の隣の家の方に柿をいただいたということだ。彼はありがたくそれをいただいたみたいです。
皆さんにお世話になって生活しているのだなと思った。



水曜日の午後10時からはNHKBSでエイリアスを見ている。このドラマって面白いんだけど、今回はちょっと「えっ」と思った。主人公の女性が東京に出張に来るという設定なんだけど、
東京の旅館がまるで遊郭なんだな。庭園を歩いている女の人もみんな日本髪ではでな着物きて、ここはどこなの?って思ってしまった。しかもその主人公の女性が日本人に扮するのだが、どうやっても東洋人になりきれず、ものすごくおかしかった。
でも製作者達は一生懸命にこのドラマを作っているわけなんですよね。
だから今でも一般のアメリカ人は日本をこう思っているんだなとわかってしまった。日本もいいドラマをいっぱい作ってアメリカにもっていかないといつまでたっても日本のことを理解してもらえないわ。



ベルギーのTOの写真を載せるつもりでしたが、彼女からたくさんいい写真が送られてきています。ですから彼女の写真コーナーを作ってホームページを賑わそうかと思ってます。
それまでちょっとまっててください。ブログには彼女の写真、投稿してます。






今週のomi家

2004年11月13日

BBとMからメールがはいった。

BB

今週のomi家の読者の皆様-イラクでの日本人殺害事件について

毎日新聞 2004年11月1日 東京朝刊
余録:が届きました。

M


BBさんからの新聞読みました。

今回の事件以前に韓国人の青年が一人同じ集団(?)に殺されました。彼は韓国語と英語で助けてくれと叫びました。映像で何度も泣きながら「I DON'T WANT TO DIE]と叫んでました。民間企業の派遣社員でアメリカ軍に品物を納入する仕事だったらしいです。一説では宣教師でもあるので本人はイラクにクリスト教の伝道も重ねたらしいです。最初通信社が情報をキャッチし韓国の外務部に問い合わせたがそんな人はイラクにいないってことで拉致後すぐ手が打てなくて放置されたらしいです。

大統領に「交渉はうまく行ってる」と報告した以前にすでに殺されてました。同じように首が切られ捨てられてらしいです。ネットでは切断の映像が公開されたらしいです。

彼の死はいわゆる人権派の政治家や団体に利用され一時国立墓地へ葬るべきとか国葬にするべきとか大騒ぎしました。葬式には政治家(与党)がたくさん来たらしいです。もちろんお香典もものすごい金額が。

私は憎むべきはテロ集団だと思います。ひょっとしたら助けられたのを無能な政治家のせいでだめになったのかもしりません。助けられるならどんなことをしても助けるべきです。でもねテロリストとの妥協はあってはならないと思います。

今回の日本の青年の件は本当に気の毒です。日本の政治家が何もしてないとしたらうそだと思います。実際身代金の話もあったでしょう。それはオープンシークレットです。

ただ親御さんのコメントは胸打つ物がありました。とても節度のある、骨のある日本人って感じでした。




月曜日、次男の保護者会があった。
保護者会って本当に疲れるんだけど、ほっとすることもある。ひとりのお母さんが先生に言った。

母A「中間テストや期末テストの成績の結果って毎回はでないんですか?」
先生「いや、毎回だしています。お子さんの手元にいってますよ。」
母A「息子が結果はでる時とでない時があるっていっているんです。」
先生「いや、そんなことありません。毎回渡してます。」
よそにもこういう子がいるっていいですねえ。

グループごとにわかれた席に学年主任の先生が座る。
学年主任「このごろ生徒達も自覚がでてきてみんながんばっています。」
グループの顔ぶれを見て、
学年主任「いや〜〜。個々の顔を思い浮かべると一概にそうとも言えないかもしれないかなあ。」
なんで私の顔を見た後でそういうかな!


息子はそういう会話があったとも知らず、今日も引退した部活にでようと大きなバッグにいっぱい部活の道具を詰め込んで学校に行った。また個々の顔を思い浮かべられちゃうよ。



木曜日。BBがうちに来た。この様子は「BB,omi家に来る」に書きました。


前々からomiがはいっているプロバイダーにはブログが存在していることがわかってはいたが、どのようにそれを使ってみようか迷っていた。
今日、dionのラブログというブログに登録した。ここに今までの日記をいれていけたらと思ったのだ。しかしですね。。。はじめてのところに登録すると何から何までわかりませんね。

ひとつだけ過去の日記をコピーしてみた。
するとなんやらいっぱい
足跡っていうのがはいってきて、
「えっ?この人達っていったい何者?」
と一瞬思った。
私がいろいろ見たページの人たちかなとも思ったが、説明には私のページを訪ねてくれた人となっている。またまた読解力のないことが暴露されてしまうのかなとも思ったが、コメントには「見ました」と書かれている。 ってことはやっぱりこの人達は私のページに来てくれたんだ。しかしこれはいったいなななんだってまだ思っている。それほどパソコンのはじめてというものはわけがわからない。

ここまで書いて一夜が明けました。
今朝ももちろん
ブログにかかりっきりです。あしあとというのがようやく何かわかった。
あしあとはホームページに来た人の記録だったんです。
しかもその人のホームページにもすぐにいけるようになっている。 ってことは、、、

私が昨日迷って何回も同じ人のページに行ったのは記録されているんだあ。。。

しかも自分のページに書いておくThank you for coming.という文字を訪問先で残してきたようだ。
ははは、自分でいって、自分できてくれてありがとうなんて言ってたんだ。 
こわ〜〜。追跡はそれだけじゃなくって、どこでこのホームページを見つけたかということまでわかるようになっている。BBに助けをもらったんだが、BBがどこからアクセスしたかもわかってしまう。かなり便利なようでおそろしい設定になってますよ。なれるまではちょっと注意が必要かな。
馬鹿がますますわかってしまう。

香港の新しいページできました。
Welcome to OMI’S TRAVELSの香港旅行記、写真がいっぱいはいったので、特に香港にいらした方、タイハンケンやバンブーにすんでいた方はおすすめかもです。
http://omi55.hp.infoseek.co.jp/



今週のomi家


2004年11月7日




長男は来年、成人式を迎える。そこで
背広を買うことにした。大学に入学するときに購入した背広は実は近くのスーパーで買ったもので、みんながあっと驚くほどの安値であった。しかし一人暮らしもしていることだし、成人式も迎える。そこでちゃんとした背広(今までのあっという背広もちゃんと背広の形はしていたのですが)を買うことにした。

日曜日。息子と一緒に出かける。11月に成人式のことまで考えて、私としては珍しく用意周到な行動だが、なぜこのような時期に背広かというと、ダーバンの
セールがあったのだ。いくらちゃんとしたものといってもセールをのがす手はない。

セール会場になっている五反田の本社。世の中にはこれだけ背広を求めている人がいるのかというぐらいの賑わいだ。その中、息子は自分のサイズもわからず
呆然としている。この日はなんと私の母まで来た。ぼっとしている息子を呼び、サイズをはかってもらい、そのサイズの背広をゲットしなければならない。母もふる回転だ。

はっきりいって成人式の背広をセールでゲットしようなんて親はあまりいないのかもしれない。そのためか、ななななんと息子のような若い人用のサイズはあまりなかった。
要するにセールにしなくてもどんどん売れるのだろう
そこを無理やりつき進んでいくのだからかなり強引にいかないとことはすすまない。

超目玉の息子のサイズは本当に1着もなかった。そこで普通のセール品のところへ行く。(普通のセール品というのもおかしな言い方かな。−超目玉は半額以下、普通のセール品は30パーセントぐらいの割引だ)しかしそこでもでている息子サイズの背広はこの会場に何百とある背広の中の
たった10着ぐらいである。ただこの10着であればどれも大丈夫そうだ。息子は2つボタンはいやだとか、色が黒っぽいのとか要求してきた。そしてその中の2着をようやく選んで試着させる。

長男はこんな混んでいる中でなんで自分の背広を選ばなければならないと思っている節がある。
自分のものを買うのに、なんとなく不機嫌だ。
私はすでに汗だくだくだ。
母がどこからか椅子をもってきて、ゆっくり座りながら息子が試着した背広を見る。こうなるともう長男も私もだまって母の言うことに従うほかはない。そして
長男と母の合意のできた背広にようやく決めることができた。
私の意見はない。
ただ汗を流しているだけだ。

背広の直しをしてもらい、(ちゃんとしているといってもオーダーではない。
つるしなんだ)ワイシャツを買うと長男は疲れたと帰ろうとする。母はそのわがままな長男にお小遣を渡した。
お金に困っているのは私だって!!!
その思いが通じたのか結局背広はおばあちゃんからのプレゼントになった。
ほっとする私。
お小遣いをもらって喜ぶ息子。
背広はどこにいったのかな?



イラクで日本人の青年が殺された。こんな時期に無謀だ、と報道される。そうなんだ。ニュースを見てれば無謀だなあと思う。しかし、なんとなく報道にまた違和感を感じたのは私だけか。何回か日本人が人質にとられて大変な目にあってきた。また殺された方もいる。そんな中でなんでイラクに行くのだと思うのは当然だ。しかし報道からはこのなぜという2文字と無謀、無責任、勝手という文字しかこない。そりゃそうなんだがと思いつつそれだけなのかなあと感じていた。

11月1日付の朝日新聞の天声人語を読んだ。

今のイラクはこれだけの情報がありそれを知らなかったことが責められる。知らないということがこれ程、罪悪をともなっていることなのかなと思う。私も知らないことがたくさんある。それが他の人に迷惑をかけていることがあるかもしれない。そう思うと知らないことが多すぎたこの青年を完全にバッシングするという今の日本に納得はいかないものを感じる。
そう思っていた時、この天声人語を読んでほっとした。



パソコンは治って返ってきたのだが、完全復活というわけではなさそうだ。
時々、調子が悪いことがある。
メールを読む時にたちあがりが悪かったり、今も音声の記録が失われましたという表示がでてくる。これはどこかをオフにするらしいけどそれもわからない。結構どきどきしながら使っている。

パソコンが返ってくると、まずディスクにとっておいたデータを戻した。これも簡単にいくわけではない。ソニーのカスタマーセンターに電話してアウトルックのデータの戻し方を聞いた。最初に聞いた時は戻し方の説明のファックスを送りますといわれた。
「えっそれを読めばわかりますか?」
って思わず言ってしまった。
 「
大体の方はわかります」
なんて言われたけど、
私はご想像のとおり大体の方にはいらなかった。そこで、また電話して、はじめからやり方を聞いた。アウトルックがだいたい元どうりに戻ったと思ったら、今度は、立ち上がりに10分もかかるようになった。

これは異常です。

で、またカスタマーセンターに電話した。係りのおにいさんはスパイウェアウイルスの可能性があると言った。しかしまだ手元に返ってきてから3日ぐらいのパソコンがこれだけダメージがひどいウイルスにかかってしまったのかと、ちょっと不思議だ。
そしてわかった。

なななんと削除済みメール、送信済みメールの中にメールの残骸がいっぱいつまっていたのが。。。

これを全部消したら、結構状態がよくなった。

BBが
ゴミ箱までCDに入れていたの?
って言ってくれた。

ただやっぱ使っていて完璧ではないのを感じてます。。
なぜだろう。 

パソコンは本当にわからない!!


後日、カスタマーセンターからアンケートのお願いがきた。

「電話は何回ぐらいでかかりましたか?」
「係員の態度はどうでしたか?」

といろいろ質問事項が書いてある。
ただわからなかったのは、どの電話に対してのアンケートだったんだろうということだった。
なんせ7,8回はカスタマーセンターに電話をかけ、そのたびに係員が違っていたしひとつの回答欄では私の場合足りませんと言いたかった。どこまでも大変なパソコンです。




11月3日。文化の日。次男は引退試合にでかけた。何回も引退試合に出かけているような気がするが、これが本当の引退試合だと
今の時点では言っている。

有明のテニスコートに朝から出かけた。引退試合ならちょっと写真も撮りたいと思うのは母だけで、そんなことのためには絶対にこないでほしいと息子は言った。そこだけは部活にはいった当初から引退の最後まで一貫していた。

昼になっても帰ってこない。まさか勝っていることはないだろうと思っていた。
夕方になってメールがはいった。
「晩御飯食べてくる」
また遊んでいるんだ!!
いつものことと母は思った。しかし一応メールをいれた。
「試合はどうだったんだ?」
「三回戦までいった」
なんと引退試合で久しぶりの勝利だ。
じゃあ打ち上げもしょうがないかとちょっと顔がほころぶ。

帰宅した息子はほくほくだった。
顧問の先生が晩御飯をご馳走してくれて目黒まで車で送ってくださったということだった。

「何人先生の車に乗ったの?」
「全部で5人」
「えっ?先生の車はワゴン車なの?」
「いや。荷物を全部、トランクにいれて、前にオレが座って後ろに4人座った」
「!!」
「後ろはみんなで押し合っていた!押し合いながらレインボーブリッジをわたってきた!!」
 先生も大変だなあと思いました。



 土曜日は以前にアルバイトをしていた保育園の先生方とお食事会をしました。ものすごくおもしろかったです。先生達は若いなあと思いました。
 


BBと新しい共同ブログをはじめました。
「omiとBBのパソコン難問奇問珍道中」
http://happy.ap.teacup.com/omi_and_bb/
です。ホームページを作るときからBBにはお世話になりっぱなしですが、あまりにもパソコンの基礎からわからない私の質問をこのように記録することにしたのです。そうすれば後からこのページを読めば内容を思い出せるという仕組みではあるのですが。。。
問題は何をどこに書いてあるのか思い出すことができるかなあ?ということになりつつあります。それほど、質問がいっぱいです。


読みにくいと大不評だった私の旅行記。
今、作り直しています。その一部ができました。
「WELCOME TO OMI’S TRAVELS」
http://omi55.hp.infoseek.co.jp/
韓国旅行記は新たな写真と資料をいれました。
これからも旅行記のページを充実させていきたいと思います。

パソコン修理中の間の記事をホームページにのせてあります。





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