今週のomi家(長男の引越し)

2004年夏

8月も最後の週になった。息子はやっと重い腰をあげ、引越しをしようとしている。月曜日に注文していたコンタクトをとりにいき、その後、友達の車で荷物を運ぶと言った。しかし言っただけで何もする様子がない。友達の車の手配もできているのかできていないのかさっぱりわからない。そして月曜日を2日後にひかえた土曜日になった。何も用意をしない息子にしびれをきらせて、週末、帰宅している主人に

「明日、Tの荷物を車で運んだら」

と提案した。主人はしぶしぶ同意した。息子のアパートがどのようなところか見たくないのかと思うが、あまり興味がないらしい。長男Tに言った。

「明日、お父さんに荷物運んでもらったら?」

なぜここまで私が動かないといけないのかと自分でも思ったが、そうしないと引っ越しは後1.2週間はまた遅れると考えた。いつまでもぐらぐらとしていられると家も片付かない。私はもうあくまでも事務的だ。長男もあまり乗り気ではなかったが、月曜日は雨になりそうなので、しかたなく同意した。

日曜日の朝、主人も長男も起きてこない。正確に言うと長男はテレビでオリンピックを前夜からずっと見ていて部屋からでてこない。やっと8時ごろでてきたところをつかまえて言った。

「今日、どうするの? お父さんもあんたもおきてこないし」

「いや、俺は寝てないんだよ」

そんなことはどうでもいいんだ!今日荷物を運ぶのかどうかを言っているんだよ。

「おばあちゃんが日常品をそろえておいているから取りに行かないと。」

おばあちゃんも何でかわからないけど、孫の生活用品の足しになるようにと、こまごましたものを用意している。親が何もしていないと心配なのかもしれない。要はみんなが心配する係りに分担されているのだが本人はそれに気づいていない。そこへもってきておばあちゃんはなぜ荷物をはやくとりにこないかと思っている。気がつけばまた私があちらからもせめられこちらからも文句を言われる状態になっている。

「そうだな。おばあちゃんちに行ってくるか」

長男はのんびり言った。そしてパジャマの代わりのTシャツと半ズボンのままおばあちゃんちにでかけていった。すぐに帰ってくるから、その後レンタカーを借りてと私の頭の中はくるくるまわる。我が家には今、車がない。レンタカーを借りる作業がひとつ多く潜んでいるのだ。ところが長男はおばあちゃんちに行ったっきり、今度は帰ってこない。何を話しこんでいるんだろう。時間は過ぎていく。私はその間、もっていく布団を少しでも日にほしてとベランダにでたり、バスタオルや洗剤などを揃えたりしていた。結局、わかってはいたけど、私が大変なのだ。やっと帰ってくると手ぶらだ。

「荷物は?」

と聞くと、後で車で寄る。と自分の都合のよいほうにどんどんすすめている。しかも

「お小遣いもらっちゃった」

とえらく喜んでいる。お金が欲しいのは私の方なんだけどおばあちゃんはそこをよくわかっていない。

「いいからはやく用意してレンタカー借りにいって」

と指示した。なにから何までどうして言われなければできないのだろう。私は布団の荷造りですでに汗びっしょりだ。主人がようやくおきてきて、レンタカーやに電話をする。その間も長男はもらったお小遣いのことを喜んでいる。何も感じない主人もさすがに

「もう用意は終わったのか」

と言った。もちろんまだに決まっているのはわかっている。ここからやっと用意がはじまった。荷物をまとめるのもちらっちらっと見ていると気が狂いそうである。もっているものを全て荷造りするわけではなく、洋服の半分を私が用意した箱にいれ、なぜか英語の辞書をそれにつめていた。スーツをくしゃくしゃにバッグにいれ、ネクタイをその上にまたくしゃくしゃにのせている。そこで何かを言うとまた進行が遅れるのでがまんだ。そしてないないとなにかを捜しはじめた。何がないのかと思ったら、野球のバッドだそうだ。

あんたは野球をしにいくのか!!!

それでも根性でバッドをさがし、(なぜかこういうときには根性がでるのです)今度は白いシャツがないといい始めた。Tシャツは洗濯したらそのままハンガーにつるしてある。それをきちんとたたんでしまうのは自分の係りなのだが、そのようなことはめったにしない。よってああこれだこれだとつるしてあったシャツをハンガーのままくしゃくしゃに別のバッグにいれる。そしてまた言った。

「白いシャツがない。」

「今いれたでしょ。」

「いやそれじゃなくって、スーツをきるときの白いシャツ。」

「それはワイシャツっていうんだよ」

ワイシャツは洗濯やさんから戻ってきてそのまま、まだ袋にはいっていた。それも袋ごと車に積み込む。

「ハンガーも必要だろ」

といれようとすると、

「おばあちゃんもそういっていたし、友達もくれるっていってた。ハンガーってそんなに必要なものなのかなあ」

と感慨深げに言ったので、ハンガーをいれるのをやめた。そして最後に自転車の空気いれをもっていっていいかというので、どうぞどうぞと差し出した。私はここまでで半分たおれそうだ。しかも母から電話がかかってくる。もしまだ時間があれば、なにか足しになるようなものをそろえてきてあげたいんだけど。お願いだから用事をこれ以上増やさないで。お気持ちだけでたくさんです。なんていえないので、

「もうそっちに行くから」

とやんわり言った。(つもり)行く準備をしていると、長男が主人に小声で話しているのが耳にはいった。

「えっ?おかあさんもいくの」

これはかなり不満そうな声だ。私は今日は根性で息子のアパートを見に行こうと決めていた。反対されても行くぞ!

すると主人の声が聞こえた。

「荷物と思えばいいんだよ」

私は息子の荷物か!

この一言に長男はえらく納得したのか、何もいわずに行くことに同意した。

車にようやく荷物を積み込んで気づいた。

「教科書は?」

「いらない」

なんで兄弟で教科書がいらないのかとても不思議だが、omi家はそのようなシステムになっている。教科書がいらない子供たち、なあんてなにかの題のようだが、とにかく車には教科書は積み込まれなかった。

途中、おばあちゃんちにより、お皿やなべなどをいただく。これでやっと出発だと思ったら、

「何か飲みたいな」

と長男が言う。主人が自販機の前で車を停め、私は右から2番目のとかいう注文をとり、お茶を買った。車に乗ったら飲み物と思うな!

車を走らせて、5分ほどたって、主人が言った。

「地図はもってきているのか?」

長男が言う。

「いいや。なぜ地図持ってこないの?」

と私に振ってきた。

「だって地図がなくてもわかるんじゃないの?」

「わかりっこねえだろ」

じゃあ自分で地図ぐらい用意すりゃいいでしょ。わかりっこないといったわりに長男は何も感じてない。絶対になんとかなると思っている。

車を走らせながら主人は息子に聞いた。

「アパートにはガスははいっているのか?」

「ガスってあの青いひかりのやつ?」

なぜ物事をここまで複雑にいえるのだろう。ガスという単語も知らないんだとまたくらくらした。小学校のときからなぜこの単語を知らないのかという単語が山のようにあったが、大学になってガスがよくわかっていない。でももういいや。大学生にはなったんだし。とこちらも昔のように深刻ではない。

湾岸道路を走るが出口がわからない。主人も適当だ。T方面という看板があったのでここだという私の意見を無視し、次の出口まで行ってしまった。そこからまた東京方面に戻ってくる。途中、京成T駅の看板がでており、とにかく駅の方に行こうと車をすすめる。駅にかなり近くなっても長男はそこがどこかわからない。

「この子は本当に学校に行っているのだろうか」

駅が見えてきて踏み切りがあった。主人が長男に踏み切りを越すのかどうか聞いている。しかし彼は迷っている。

これは学校に行っている行ってないの問題ではなくやはり頭の問題だと思った。普通一年以上通っている学校は駅のどちら側にあるかわかるでしょ。学校は絶対に踏み切りを越えると思っていた私は

「とにかく踏み切りをこえよう」

と言った。長男はまだ迷っている。そして踏み切りをわたっているときに言った。

「そうそう踏み切りを越すんだ」

こんなところで越さないと言われても、越すほかないだろうが。ここから学校まではなんとか道案内できた。そしてその後、また迷っている。

「ここってたぶん右だ」

そのたぶんというのはなんだ。5分ほど走ると突然、記憶がよみがえったようで、元気がでてきた。

「これでいい、これでいい。この後、路地にはいっていくんだ」

そしてかなり狭くてごちゃごちゃした道をすすんでいると、一台の車が駐車しており先にすすめなくなった。

「まったくこんなところに駐車して。迷惑じゃないか」

記憶が戻るとかなり強気だ。主人はクラクションを鳴らすこともなく、この道を抜けるのをやめて、遠回りをした。するとまた長男の頭の中で位置感覚が失われた。ふと住所を見ると、彼が住もうというアパートの近くだ。それに元気づけられたのか、

「こっちに行ってみよう」

という感がやっとさえてきて、無事にアパートに到着することができた。前に畑があるアパートは東京の感じとちょっと違う。静かだ。中にはいると狭いがなかなか快適そうである。それをみて思った。

「こりゃあ、帰ってこないわ」

くしゃくしゃにいれたシャツ類をとりあえず、洋服だんすにかけ、時間もないのでそのまま帰ってきた。まだ掃除もしていないが、そんなことまでする気持ちにはちょっとなれない。自分でゆっくりしてほしい。それから今までいた部屋もそのままで行ってしまうつもりらしいが、ちゃんと片付けていってほしい。

帰りの車で何か忘れている忘れていると長男が言っていたが、何かどころではなくかなりの忘れ物があるんじゃないかと思っている。自分で気づいているのは卓上のスタンドだけだが、スーツを着る時の革靴も持っていってないし、冬のジャケットも一枚も持っていってない。またレンタカーを借りる日は近いかも。。。



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