次男の卒業式
2006年3月16日


次男の卒業式が3月15日にあった。

次男は中学と高校を同じ学校で過ごした。
中学の入学式に着ていた制服はほとんどの生徒がすでに着られなくなり、新しいものを高校にはいるときに調達していたんだが、omi家の次男はなんと小学校6年の時のウェストが現在とほぼいっしょでずっと同じ制服を着させてしまった。
これだけは親孝行だったかな。
(なんせ制服は高いからね)

入学式のときは15センチ以上も上着もずぼんもあげをしていた。
上着なんかポケットのなかばまであげがあったので、最初はポケットを使わないように言っていたんだ。
それが今ではめいっぱい丈をおろしても小さくなり、よくここまでもったなあと思う。
しかも学校の床ではねっころがるし、食べこぼしはするし、外で遊べばどろどろになってくるしで、この制服が丈夫でよかったと何度思ったことか。


卒業式の前日、この次男の制服のチェックをして、ズボンのほころびをなおし、
(なんと足が見えそうになっていた)自分の洋服もチェックした。
洋服が小さいのはなにも息子だけではない。
母もこの間、成長した。
よって、スカートが小さい。
これを無理してはいて卒業式をのりきらなければならないんだ。
久しぶりにスカートをはくだけでもかなりきついのに、こんなにきついスカートはいて途中で倒れないだろうか??
卒業式とはまったく違うところでいろいろな波紋がおこっている。


卒業式の当日、息子はえらい早起きをした。
それはうれしいとか緊張するというものではもちろんない。
この日、式に続いてある謝恩会後の私服をどうするかということに頭を悩ませていたのだ。
で、朝はやくから友達と連絡をとりあっている。
何かどっかポイントがずれてないか?


結局、息子は28センチもある靴まで学校に持っていくことは不可能ということで私服はあきらめた。
で、最後の日まで
「時間がない」
とばたばたと学校にでかけた。

母は1時間後には家をでなければならない。
夜まで帰れないので
ビデオのセッティングをする。
こんなことをしているからまた時間がなくなるんだ。
で、母もばたばたと家をでた。


学校の近くの駅で、SとAと待ち合わせている。
式がはじまる30分前なのに、母親の列が学校に続いている。
この日は30分も前に待ち合わせなので一番のペースだろうと勘違いしていたomi.

そういえば6年前の入学試験の日も30分前ぐらいに着くように学校に向かったんだ。
で、同じようにひょっとしたら一番に学校に到着してしまうかもしれないと勘違いした。
この日は学校の近くでまったく人通りがなかったので、やっぱり一番と思ったんだが、それはほとんど一番最後という意味の一番だということが会場についてわかってしまった。
最後まで勘違いを繰り返す!!
成長の後が親子で見られない。



会場の体育館には備え付けの椅子があり、そこが保護者席となっている。
今年度、役員になったomiはこの日の謝恩会の受付をすることになっていたので、その席の一番後ろの役員席に座る。
Sはこの日、保護者代表で賞状を受け取ることになっているので、一番前へ。
Sは練習に来ますか?という先生の誘いを断った。
「とにかく壇上にいって賞状をもらってくればいいんでしょ。」
とちょっと前は言っていたんだが、前日に会場の配置を息子に教えてもらって、
「ひょっとして5年生の列、6年生の列の間を歩いて前に行くのか?」
とわかってしまったということだ。
息子は言ったらしい。
「なにも歩かないでも走ってもいいんだぜ!!」
明るいS家。

で、Sにとっておかれた役員席にAに座ってもらう。
この日Aがいなければ、Sもomiも路頭にさまようところだったということはおいおい書く。


生徒の入場があり、すぐに君が代斉唱。
歌はこの君が代と仰げば尊し、蛍のひかり、そして校歌があったが、いずれも吹奏楽の素晴らしい音によって子供達が歌っているかどうかがわからないようになっていた。
いろいろな配慮がされている。

そして賞状授与。
卒業式なんだからこれがメインなんだが、めっちゃ長かった。
6クラスの生徒ひとりひとりに校長が
「卒業証書○○君。卒業おめでとう」
と叫ぶんだ。
校長先生は最後に声がでなくなるんじゃないかって心配した。
自分の子の賞状授与が終わるとトイレに行く母も多かった?かな。
この授与だけで1時間以上もかかったんですもん。
時々、先生が名前を読み違える。
Sの息子も先生が名前を読み違えた。
で、壇上で待機している息子は
「えっ」
と先生の方を振り向く。
あせる先生。で、正しい名前を呼ぶ。
そして校長のところへ。
で、あわせて校長まで名前を読み違えた。
そこで息子は校長に言った。
「違います」
でもこういう時にまったく動じないSの息子。
母によく似ているわ。
Sの息子はみんなに言われたらしい。
何もやらなくてもめだったじゃないですか。
で、みんなは
「おまえおいしいところとったな」
と。
名前を呼び違えられて喜んでいるんですもん。
なんでもOKの卒業式ですわ。


たまにパフォーマンスをする子もいた。
ものすごい大きな声で返事をする生徒。
クラスから
「お〜〜〜」
と歓声があがってた。
PTA会長の息子は壇上に父がいる中、賞状をもらうとそっくりかえっていた。
後ろの方には聞こえなかったがこれはイナバウアーだったらしい。
本人が一応イナバウアーと言ってたそうだ。
父も動じない。
やっぱ会長よね。

テニス部で一緒だったNは手と足を大きく振っていた。
この後このNは6年間皆勤賞をもらうんだが、その時、壇上にあがる階段でこけた。
で、その直後、手を胸にあてて、大きな声で
「ファイト」
といった。
Nってもっと固い感じなのかなって思っていたけど、なかなか感じのいいキャラだったな。
このパフォーマンスが頭のどこかに残ってしまって最後までおかしさが消えない。

omiの息子はなにかしゃきっとしてなかったな。
もうちょっと制服に気を使えばよかったのかもしれないけど、ほころびをなおすだけで精一杯だったんだわ。
そういえば昔、太っていたんで、ずぼんの幅がなんとなく大きくってだぼっとしているのかもしれないと最後の最後になってわかる母。



この賞状授与の間、5年生はよく寝ていた。
時々パフォーマンスがあって会場が沸くと、みんないっきに起きる。
去年はここにいたんだなと思う。

全員の賞状授与のあと、いろいろな賞状授与というものがあった。
成績優秀賞、これは学校で一人に贈られる。
もちろんT大に受かったあの子がそれを持っていった。
この子にこういう賞が贈られるだろうということは誰もがわかっていたし、まあそれだけ実力のある子でもある。
なんとこの子のいえは母だけでなく、祖父母もいらしていた。
omi家だってあのできの悪い息子がT大に行くようなハップニングがあったらトラック1台分ぐらいの親戚が集まったかもしれないわ!

次男はここで進歩賞というものをもらった。
これは去年どれだけ成績が悪かったかということがわかる賞だ。
で、学年で3人の中の代表で名前を呼ばれた。
ということは息子が去年成績が悪かった3人の中でも一番成績が悪かったということがみんなに公表されたんだわ。
まあいいか。
事実ですもん。

あと科目ごとの優秀賞もあって、それを含めるとかなりの数の子が受賞した。

そのほかに皆勤賞、精勤賞というのもあって、息子は6年間の精勤にもなっていた。
この賞は微妙で、Aの息子は精勤賞なんだが、休みの理由がひいおばあちゃんが亡くなったためということだった。
ひいおばあちゃんだと忌引きにならないので欠席になったと。
omiのところはまだ期待がもてた1年のときにジュニア国際宇宙会議というのに出席するために上海に行ったので1日お休みしたんだ。
どうせだったらこんなになってしまうんだから皆勤賞の方がまだしもよかったかな?

その後はクラブに所属していた生徒が学友会賞というのをもらった。
合計、3つも賞をもらった息子。
これだけ遊んで学校生活を送ったのにすごすぎる。


ただ賞状はいいんだけど副賞が盾だったんですわ。
3つも盾をもらってきて、戸惑う母。
この盾どこに飾るんだ?
息子は黒い大きな肩掛けバッグにいっぱいの盾を家まで運んだ。
Sの息子は
「あいつかわいそうだったんぜ。3つも盾もらってた」
といってたらしい。
なにか盾をもらうことが輝かしいことではなくなっている現実があった。


で、そのほかに外部から賞をもらう生徒がいる。
これは本当にすごいんだわ。
都知事賞とかですもん。

で、その後に
Sの登場!!
Sは前日の電話では、名前を呼ばれて返事をするのかどうか迷っていた。

omiはカメラスタンバイだったので返事をしたのかどうかは不明。
なぜか母の写真だけを何枚も撮ってしまった。
この日、壇上にあがるというのでロングスカートにしたS。
スカッシュで鍛えたスリムな体がすっすっと前に向かう姿は花丸でした。
先生もSの人選はよくできていたと思う。


このころからomiの隣に座っているOはあせっていた。
式の時間がおしてきて謝恩会の時間に間に合うかどうか微妙だったのだ。
で、いろいろメモを書いて回している。
Oは今年度、卒対委員だ。
途中、とうとう退席して、お弁当の手配に動いていた。
謝恩会の会場に急がなければならないとわかったその時、omiもトイレにいくことにした。

はっきりいって卒業式とか入学式というのは幼稚園、小学校はえらく感激するもんだが、高校になるとそこまで気がはいらない。
あまりにも育ちすぎてしまって心配がいっぱいあるからな。
そのうえ期待はあまりなくなってきているし。。。



で、途中退席してトイレにいったのだが、どこにトイレがあるか迷った。
まだ学校の中がわかってないomi.
結局、いつも学校で使っているトイレにいき、学校の中に張り出してある生徒の進路状況をゆっくりみて、式場に戻る。
5年生が送辞を読んでいた。
それに答える6年生。
このあたりはかなり無難に終わった。
で、最後に歌。
このあたりでOは退席。
謝恩会の式場に向かう。
もう時間がない。
本当は歌っている場合ではないんだが、仰げば尊しとか蛍の光とか歌うのは最後かもしれないと思って、でっかい声をあげて歌った。

ふと見ると、感激して泣いている母もいる。
きっと息子がいい子だったんだわ!!
泣けないomi!!
原因は息子にありか。



で、生徒の退場。
Aの息子が先生の肩に両手をもっていき、それに同じように生徒が続き、芋虫状態で退場していった息子のクラス。
仲は本当によかったです。


で、それを見届けて、謝恩会の会場までの地下鉄の切符をもらってない母を捜し、切符を手渡す。
で、体育館の出口で紅白の大福をもらって、その後は謝恩会の会場になっている赤坂のホテルへダッシュ!

なんでこんなところで母まで筋トレがあるんだ??

                                    (つづく)


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