食事


宿に戻りしばらくするとMから電話があった。
7時に待ち合わせて、一緒に食事することにする。

Mはお父様とお母様と一緒に待ち合わせ場所に現れた。
お父様もお母様もお元気でお会いできて本当によかった。

Mは最初はおさしみを晩御飯に考えていたようだが、
お母様が今の時期はおさしみはよくないというので、
小学校時代の同級生がやっているソルロンタンのお店につれていってくれた。
omiが何回か通ったとおりにあるソウルカクトゥギのお店だ。
ここはカクトゥギが売りなんだけど、ソルロンタンももちろんおいしい。







Mのお父様、お母様には始めてお目にかかった。
お二人ともすばらしい方だった。
お母様がお友達でいてくれてありがとうとおっしゃったが、それはomiのほうでしょ。
考えてみるとMとは長男が小学校1年のときに知り合ってからのつきあいだ。
20年以上になる。
今、Mが東京に住んでいるのも、ラッキーだし、
いつまでもこうやって旅行に一緒に行けるのも本当にありがたいと思っている。

お母様はomiにお財布をくださった。
ヌビという製品だ。
チュンムと言う南海地方の都市で製品にしたらしくチュンムヌビと言うらしい。
このヌビ自体は昔からの韓国とこからでも縫い物に使われいたが、
昔はこういう素材の物があっても別にチュンムヌビとかいわなかったそうだ
忠武ー多分この漢字ー地方に手仕事が上手なおばさんがいて、
手で縫った鞄や小物が口コミで広がりマスコミに載って広がったのが始まりだと想像される。
ヌビの手法は、冬服や夏布団等に使われる縫い方で、キルトやパッチワークと一緒だ。
チュンムはーブサンと順天の間位ーこのあたりの中心になる場所で、
秀吉軍が朝鮮征伐に攻めてきた時、水軍の李スンシン将軍が、
チュンム地方の海戦で秀吉軍を破り国を救った場所。
その銅像は今、光化門の大通りに立っている。
つい最近までチュンムは統営、トンヨンと呼ばれてもいましたが二つが合併したらしく、
統営は無くなった。
チュンムのすぐ隣が、ヨスでブサンからチュンムは新しい橋が出来たらしく、
巨済島まで、行きやすいみたいだ。
韓国で南海と言うとこの辺りのリヤス式海岸で小さな島々が浮かぶ水もきれいな場所だ。

という説明をMから聞いたんだけど覚えられなくて、メールで流してもらった。

本当はお財布を渡すときにはお金をいれなければならないらしいのだが、
すでに包まれていて、どうしようかとお母様は考えていたそうだ。
で、きれいな2000ウォン札を別にくださった。
その場で、お財布をあけてこの2000ウォン札をいれた。
本当にありがとうございます。
これは宝物だわ。




食事が終わると、みんなでMが今夜泊まる弟さんの宿に行った。
実はMの弟さんは近くで旅館を経営している。
この日は家族みんなでここの宿に泊まることにしているらしい。
宿につくと、弟さんが迎えてくれた。
弟さんの奥様と長男もでてきて、家族で経営している温かい宿を感じた。
この長男はMのお嬢さんにそっくりで、大学生だそうだ。

荷物をおき、再び夜の繁華街にでる。
ぶらぶらと歩いているとありました。
靴下やさん。
12足1万ウォンだ。
こういうところでは日本語を話さないほうがいいのか、
Mは小声で話していたんだけど、値段がわかったとたん、普通に話した。。。。。。
6足づつ靴下を買う。



明日はどうしようかということになりまずはヘウンデに行くことにした。
Mはこのあと、omiの宿見学に来て、部屋の中を見ていった。
情報は弟さんにはいっているかも。



コーヒープリンス1号店の再放送をしていた



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